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@nzmt_i2o3

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ララランドは結ばれなかったバクマン。だと思った話

ララランドを読んでテンションが上がったので、勢いでそのまま書きます。推敲はしません。


「ラ・ラ・ランド」本予告

 人から伝え聞いたこの作品のイメージは「たぶんめちゃくちゃこのカップルが踊る、インド映画みたいな感じの映画。全体的に陽気で愉快でハッピーな感じ」というものでした。

確かに最初の10分くらいはめちゃくちゃ陽気だし、このままガンジス川いってもおかしくないような感じでした。だけど、半分を折り返したくらいから気づきます「あれ、これインド映画じゃねぇぞ」と。(いや当たり前なんだけど)

 

簡単にあらすじを説明すると、女優を目指してオーディションを受けまくって落ちまくってる主人公女と、自分の理想の店をつくりたくてしかもむちゃくちゃピアノうまいけど、こだわり強すぎてうまくいかず貧乏暮ししてる男が、何度も偶然に出会い、お互いの才能を信じあい、ともに夢の実現に向かって頑張る話。

 

このあらすじを書いていて、あれ、これバクマンじゃね、と思いませんでした。僕は見ていて「これバクマンじゃん」と思いました。「いや全然チゲェだろ」という人もいるんだろうけど、僕は大きな声で言いたいです、これはバクマンです。結ばれることがなかったサイコーと亜豆の物語です。

 

 

URL貼ったのは映画版のほうですが、原作バクマンで、主人公サイコーと亜豆は紆余曲折ありながらも、お互いの夢を叶え、中学生の頃に交わした「夢が叶ったら結婚しよう」という約束を大人になって無事成就させます。サイコーは漫画家、亜豆は声優。二人ともつくる仕事です。

(以下、ララランドネタバレ)

 

一方で、ララランドは成就しません。オチから先にいうと、二人とも夢を叶えます。主人公女は才能を認められ、アメリカからパリに移り、女優として若くして有名になります。一方で男も主人公女がパリで活躍している間に、自分の理想の店を持つことができます。

しかし、女はその間に別の男と結ばれ、子供ももうけていました。そして、女は新しい夫と偶然立ち寄ったジャズバーが男の理想の店だったと知ります。見つめ合う二人、男は横にいる夫を見て、彼女との再会と別れのために、最初に彼女と出会った思い出の曲を弾きます。そして、もし二人がバラバラでなく同時に夢を叶えていたらどうなっていたのか、というもしものストーリーが流れます。このあたりで僕は完全に涙腺が崩壊しました。

 

これはバクマンなんです、二人で一緒に夢を叶えようと、亜城木夢叶という名前までつけたはいいが、結局二人とも別々に夢を叶えて、一緒になることができなかった二人の物語です。

 

そして、ララランドの見所は夢が叶うまでの二人がともに無根拠にお互いを信じ合うシーンです。とうとうと語ろうにも、すべてしおたんが書いてたので、もうそのまま貼る、そう、そうなんだよ、信じてくれるのは根拠をくれるのはお互いだけなんだよ。

 

最後にひろのぶさんの「バクマン。」のレビューを貼ります。

この映画に、もしピンと来なかった人がいたら、いつの日か、何かと戦ったあとにもう一回、観てください。勝っても負けてもいい、寝ないで戦った人、見えない誰かと戦った人、つい寝てしまったけど遠くから声が聞こえた気がしてもう一度起きて戦った人、この国で、この世界で、何でもいい、たとえ鼻くそダーツ選手権でもいい、何かの「一位」を目指して戦った人は、もう一回、この映画を観てください。

ララランドで泣いちゃう人は、かつて、もしくは今、自分の才能を無根拠に信じたくて、信じられなくて、虚勢を張って、それでも夢に挑んだ人たちじゃないかと。そういう人にはくそ刺さる映画だ。

 

夢があって、そこに向かって何度かくじけている人はいますぐ1800円を握りしめてララランドを見るべき。凹んだ日こそ特に。明日からまた頑張れるようになるよ。

ひらめきと弁証法

そういえば、転職しました。転職先の社長と何人かご飯を食べていた時に、社長が「昔の優秀なクリエイターは、弁証法でものを考える、と言っていた。アウフヘーベンというやつだ。

Aなのか、Bなのか、という二項対立ではなく、昇華した中間としてのCを考える、というものらしい。ぼくも初めて知った。弁証法という単語はわかったけど、意味がよくわからなかった。

detail.chiebukuro.yahoo.co.jp

 

前に、KIITO(神戸デザインクリエイティブセンター)がIDEOと一緒に「新しいパンをつくる」ラボをやっていて、そこに参加していた。ぼくらのチームが考えあぐねてた時に、IDEOのひとがふらふらっと顕れて、AとBで僕らが揉めていたところに、Cというアウフヘーベンを提示してきた。

そんときはシンプルに「すげぇ」としか思えなかった。当時は一人称、二人称、三人称の解釈をしたけども、違う見方をすれば、あれはアウフヘーベンになるのか。

 

nzmt-i2o3.hatenadiary.jp

 

ことアイデアを考えるにあたっては、弁証法が有効だと思う。Aなのか、Bなのか、という対立軸から離れ、矛盾を抱えつつも両者を昇華した存在Cを提示する。見た人は、どことなく新しさを感じる。

 

最後に補足として。

広告クリエイティブにおける、アウフヘーベンに関してはJAAAの論文で市耒健太郎さんが言及されている。

http://www.jaaa.ne.jp/wp-content/uploads/2012/03/Essay_Contest_411.pdf

市耒さんは博報堂の恋する芸術と科学をやってきた人で、このときは既に雑誌「広告」の編集をやられていたのだろうか。恋する芸術と科学なんて、もうアウフヘーベンそのまんまだった。

3年前くらいか、大学生向けWSに招待していただいたけれど、自分の中で貴重な経験になっている。今になってとてつもない価値に気づいた。

WHERE ART AND SCIENCE FALLIN LOVE

jozo2050

 

表現が豊かなほど、受け取るメッセージが少なくなる話。

ここのところ、僕の好きな作品が実写化されて嬉しい。海街Dirary、何者。

nzmt-i2o3.hatenadiary.jp

映画が話題になったけど、この2つはどちらも原作で見てほしいと思っている。ただし、ぼくは映画を否定する気は全くなくて、例えば海街Diaryなら、鎌倉の美しさや四姉妹役(綾瀬はるか長澤まさみ夏帆広瀬すず)の美しさたるやもう…あと長澤まさみエロいなど、とにかく映像美がすばらしい。

一方で「何者」も佐藤健二階堂ふみの熱演がとてもよかった。他にも小説では出来ない演出をふんだんに盛り込んでいたし、何者の特徴でもある「就活生のイタさ・就活生あるある」は映像になることでとんでもない破壊力になっていた。ぼくもイタイ就活生側だったのでひどく心をえぐられた。

どちらも映画としてすごい。けど一方で僕は原作を先に読んだいたせいか、どこか物足りなさを感じる。表現がリッチなことで、逆に本来の作品の鋭さやメッセージを残ってしまっていると思う。

 

同じことを考える機会があった。

ぼくは左ききのエレンという、cakesで連載している作品があって、それがとても好きだ。広告代理店のデザイナーが主人公で、クリエイターや才能というものをテーマにしている。

cakes.mu

なおkindle unlimitedでも読める。

左ききのエレン(1): 横浜のバスキア

左ききのエレン(1): 横浜のバスキア

 

 

才能や、才能への嫉妬、羨望や妬みといった汚く、同時に本質的な人間の欲求を描き切り、一方で広告・デザイン業界、何かしらの制作に関わる人ならば「あるある」と感じるリアリティ、そして才能に憧れ、何かと戦った人が思わず心の苦い部分をえぐられる作品。

とても好きなのでツイッターでシェアしまくっているんだけど、僕の思っている以上に反響が薄い。刺さる人にはめちゃくちゃ刺さるのに。絵が汚いから、とか言う人もいる。確かに絵コンテみたいな絵柄だけど、そういうところは別によくない?などと思うのだけど。instagramできれいな、かわいい写真を撮ることに腐心する人にはちょっと相容れないかもな、とそのときは思った。

 

なんでだろう、ということを別の機会に考えてみたら、ふとm=a/bという式が頭に浮かんだ。aの値が大きくなるとmの値は大きくなって、bの値が 大きくなるほどmの値は小さくなる。表現が豊かになるほど、視聴者が作品から感じるメッセージが少なくなる、という考えがこの式で表せる。

視聴者が受け取るメッセージ量=Mとおいてみて、

作品のメッセージ量をaとおいてみる。作品の表現量やリッチさをbとおいてみたら、

M=a/b 作品は表現が豊かなほど、受け取るメッセージが少なくなる。

 

なんかそれっぽい仮説が誕生した。ちゃんとした人が見たらなんだこのクソみたいな式はと突っ込まれるだろう。つまるところ、表現が豊かだとそっちに目が言っちゃうけど、表現が豊かでない(削ぎ落とされているor表現の次元数が低い)場合には、メッセージに集中しやすいんじゃねーの、ということだけが言いたい。

表現の次元数が低いというのは、小説や絵がキレイじゃない漫画など。ただ、もちろん映画などリッチな表現だからこそ伝えられるメッセージなども存在するわけで(さきに僕が提示した式なんてものは、反例が多すぎて役に立たない)とにもかくにも、表現がリッチなメディアばかりを選択するきらいがあるけど、いやいや表現がリッチじゃないからこそ伝わるものがあるよね、ってことをなんとなく誰かに言いたくなっただけなのです。

 

あ、でも映画の海街Dirayも何者もいいですよ。