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@nzmt_i2o3

somebody up there likes you

表現が豊かなほど、受け取るメッセージが少なくなる話。

ここのところ、僕の好きな作品が実写化されて嬉しい。海街Dirary、何者。

nzmt-i2o3.hatenadiary.jp

映画が話題になったけど、この2つはどちらも原作で見てほしいと思っている。ただし、ぼくは映画を否定する気は全くなくて、例えば海街Diaryなら、鎌倉の美しさや四姉妹役(綾瀬はるか長澤まさみ夏帆広瀬すず)の美しさたるやもう…あと長澤まさみエロいなど、とにかく映像美がすばらしい。

一方で「何者」も佐藤健二階堂ふみの熱演がとてもよかった。他にも小説では出来ない演出をふんだんに盛り込んでいたし、何者の特徴でもある「就活生のイタさ・就活生あるある」は映像になることでとんでもない破壊力になっていた。ぼくもイタイ就活生側だったのでひどく心をえぐられた。

どちらも映画としてすごい。けど一方で僕は原作を先に読んだいたせいか、どこか物足りなさを感じる。表現がリッチなことで、逆に本来の作品の鋭さやメッセージを残ってしまっていると思う。

 

同じことを考える機会があった。

ぼくは左ききのエレンという、cakesで連載している作品があって、それがとても好きだ。広告代理店のデザイナーが主人公で、クリエイターや才能というものをテーマにしている。

cakes.mu

なおkindle unlimitedでも読める。

左ききのエレン(1): 横浜のバスキア

左ききのエレン(1): 横浜のバスキア

 

 

才能や、才能への嫉妬、羨望や妬みといった汚く、同時に本質的な人間の欲求を描き切り、一方で広告・デザイン業界、何かしらの制作に関わる人ならば「あるある」と感じるリアリティ、そして才能に憧れ、何かと戦った人が思わず心の苦い部分をえぐられる作品。

とても好きなのでツイッターでシェアしまくっているんだけど、僕の思っている以上に反響が薄い。刺さる人にはめちゃくちゃ刺さるのに。絵が汚いから、とか言う人もいる。確かに絵コンテみたいな絵柄だけど、そういうところは別によくない?などと思うのだけど。instagramできれいな、かわいい写真を撮ることに腐心する人にはちょっと相容れないかもな、とそのときは思った。

 

なんでだろう、ということを別の機会に考えてみたら、ふとm=a/bという式が頭に浮かんだ。aの値が大きくなるとmの値は大きくなって、bの値が 大きくなるほどmの値は小さくなる。表現が豊かになるほど、視聴者が作品から感じるメッセージが少なくなる、という考えがこの式で表せる。

視聴者が受け取るメッセージ量=Mとおいてみて、

作品のメッセージ量をaとおいてみる。作品の表現量やリッチさをbとおいてみたら、

M=a/b 作品は表現が豊かなほど、受け取るメッセージが少なくなる。

 

なんかそれっぽい仮説が誕生した。ちゃんとした人が見たらなんだこのクソみたいな式はと突っ込まれるだろう。つまるところ、表現が豊かだとそっちに目が言っちゃうけど、表現が豊かでない(削ぎ落とされているor表現の次元数が低い)場合には、メッセージに集中しやすいんじゃねーの、ということだけが言いたい。

表現の次元数が低いというのは、小説や絵がキレイじゃない漫画など。ただ、もちろん映画などリッチな表現だからこそ伝えられるメッセージなども存在するわけで(さきに僕が提示した式なんてものは、反例が多すぎて役に立たない)とにもかくにも、表現がリッチなメディアばかりを選択するきらいがあるけど、いやいや表現がリッチじゃないからこそ伝わるものがあるよね、ってことをなんとなく誰かに言いたくなっただけなのです。

 

あ、でも映画の海街Dirayも何者もいいですよ。